From ニューヨーク  「熱く生きる」
渡米以来の奮闘記「熱く生きる」と徒然エッセイ
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  • 200812
連載「熱く生きる」 一章 羅針盤のない船(その12:至愚の苦味)
 ニューヨークでは、テューヤンと下調べにきた際に宿泊した「シェラトン・マンハッタン」を住まいが見つかるまでの滞在先にした。当時でも一泊二百ドルほどのシェラトンになど泊まっている場合ではなく、安宿に泊まるべきなのだが、身についてしまっている経済感覚はそう簡単にかえられるものではない。
 ともあれ、私も完璧に落ちぶれスタティスの仲間入りをしたというわけである。そのスタティス、この間いったい何をしていたのか知らないが、出直しどころか、依然、無職。だけでなく、数日後に迫まっているクレジットカードの支払いができないらしく、むかしなじみの間を借金を工面するために走りまわっているとか。
 「どいつも、こいつも落ちぶれやがって」
 と、まるで自分の落ちぶれを知らないかのよう。
 決済日の前日にいたっても工面できなかったらしく、私のもとにやってきて、
 「貸してもらえないかな?絶対に返すから」
 と、懇願した。金額は七百ドル(約八万五千円)ほどだったとおもう。貸してあげてもいい金額なのだが、スタティスにはすでに五千ドル近くの貸しがあり、返済の見込みはおろか、返す意思すら感じられない。きっぱりと断り、金の話はそれで終わった。
 ―――しばらく間をおき、スタティスがピザを買ってきてほしいとたのんだ。
 ―――それは引き受けた。
 場所はシェラトンの私の部屋であり、出る時、日本から持ってきた現金のことがふっと頭をよぎった。だが、その場に立たされると、疑う心を恥じたりするものである。良心に賭けることにした。
 ピザを買って部屋にもどると、賭けに負けたことを知らされた。貴重品類を入れておいた鞄の中から現金の束、約百万円が消えていたのである。血の気が引いた。
 なけなしの金である。追跡することにした。と言っても、奴の住処さえ知らないのではあるが、まえに奴と一緒に行ったことのあるクイーンズ(マンハッタンの東を流れるイーストリバーの対岸側)のギリシャ人街が頭に浮かんだ。すぐさまレンタカーを借り、藁にもすがる思いで、その場所へとむかった。
 ニューヨークの土地勘がないばかりか、かすかな記憶しかなく、「え〜と、たしかこっちだったよな?」、「いや、あっちだったかな?」といった調子だったが、なんとかそのギリシャ人街にたどり着いた。幸運の風が吹いてくれることを祈りながら奴を探した。
 祈りが天に通じたのか、人ごみの中にスタティスに瓜二つの男を見つけた。
 (でかした!)
 興奮をおさえながら悟られないように追うと、その男は、大通りをまたぎ、前に奴と食事をしたことのあるレストランに入っていった。こうなると瓜は二つではなく、一つに近い。都合のいいことに二人連れの警官もいる。手短に事情を説明し、
 「プリーズ、ヘルプ ミー!」
 「オッケー、レッツ ゴー!」
 男がはいったレストランは側面全体がガラス張りになっており、中の様子が手にとるようにみえた。だが、外からでは男がスタティスであるか否かの確認まではきない。
 「我々が中と外に別れ、バックアップしますので、それが整い次第、あなたも中に入り、確認してください」
 「わかりました」
 二人の警官による挟み撃ち体制が整ったところで、店内の警官が首を縦にふり、私に合図をおくった。私も店内にはいり、男に近寄るため、一歩、そしてまた一歩と歩を進めた。ぜったいに奴に違いない、そう思いながら。
 ―――が、その男はスタティスと瓜二つのそっくりさんでしかなかった。
 こうなってしまえば、すでに貸していた四千ドルにしても盗まれたも同然ということになる。それは正確にいえば、貸したものではなかった。ロスを発つ直前に売った車の金なのだが、銀行口座を閉めたため、現金でもっていたところ、
 「道中で、強盗に合わないともいいきれない。オレが預かってやるよ」
 と、奴がいい、たしかにそういったこともありうるので、そうしてしまったのである。その金を使い込まれているのを知った時点で縁切りにすればよかった、とは後で言えること。返済するあてがあるというので、それができなかった。博打の負けが込んだ時のようなもので、取り返せそうになくても引けないというのに類似するだろう。
 レンタカーを返却したのち、とぼとぼと歩いてタイムズスクエアに行った。そこに奴に頼まれピザを買いにいった店がある。そのビザ屋を道のむこうに眺めながら、タイムズスクエアの中心(トライアングル状の一角)に棒のように立ちすくみ、至愚の苦味をひとしきり味わった。
 しかし、この横っ面をいきなり殴られたような打撃的な事件が、なかば植物人間と化していたような私を、深い眠りから覚ましてくれたともいえる。
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