From ニューヨーク  「熱く生きる」
渡米以来の奮闘記「熱く生きる」と徒然エッセイ
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連載「熱く生きる」 一章 羅針盤のない船(その11:いつかはまた晴れる日が
 ニューヨークへの移動はスタティスの愛車コルベットでの大陸横断。およそ六千キロの長旅である。スタティスは三日で走破してみせると意気ごみ、
 「オレの運転は、プロのそれなので安心しな」
 と、いったが、スピードの方もプロのそれなので、生きた心地はしなかった。
 アリゾナとニューメキシコを横断し、オクラホマで北上をはじめ、ミズーリ、インディアナ、オハイオ、ペンシルバニアを次々とぬけた。移動中は、緯度や経度によって景色が異なり、どの州もそれぞれの顔を持つといった感じで、あらためてこの国の国土の広さを知った。
 途中、車にちょっとした故障があったため予定より一日ずれたものの、四日後にはニューヨークに入った。新天地での落ち着き先を探さなくてはならなかったのだが、この間にも不動産の状況は悪化するばかり。急遽、日本へ飛んだ。

 帰国した翌日、伸男さんの事務所で売却を依頼していた不動産屋の担当者にあった。電話でも聞いていたことながら、
 「状況は悪くなるばかりなんですが、叩き値で売るわけにもゆきませんしね。正直なところ、ひじょうに売りにくいといったところです」
 とのこと。だが、下り坂一路の市場にあっては、ここでなんとしてでも売らねばならない。ほかの不動産屋にも依頼したところ、運良く、そこがすぐに買い手を見つけてくれた。心配された売値の方も叩き値にはならず、借金は回避できた。しかし、諸々を差し引くと手元には百万円ほどしかのこらなかった。
 家財道具一式を実家に送り出し、人手にわたる閑散とした部屋で、自業自得をおもった。
 そんな私の心境をさっしてか、陪審制度の視察で親しくなった高野ちゃんが、
 「鮎釣りにでも行くか?」
 兵庫県三田市の田園を流れる川に連れてゆき、
 「これぐらいのことでくよくよするな。たいしたことちゃう」
 「まだ若いんやから、いくらでも巻き返しはきく」
 「それにあたってはだ。中ぐらいの事なら誰にでもできる。アメリカにもどったら、上をねらえ。上だぞ、上!」
 と、うなだれた私に激を飛ばすのであった。
 川べりの土手に腰をおろし、高野ちゃんが釣りに興じている川の流れをみていると、そのころの流行歌で街でよく耳した『川の流れのように』の一節が浮かんだ。「ぬかるんだ道でも いつかはまた晴れる日がくるから ああ川の流れのように・・・・」。
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