From ニューヨーク  「熱く生きる」
渡米以来の奮闘記「熱く生きる」と徒然エッセイ
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連載「熱く生きる」 一章 羅針盤のない船(その10:貧乏神との遭遇)
 それは貧乏神との遭遇だった。
 人懐こいグラディスが、
 「この前ね、ウィルシャーでの宴会に来ていたお客さんと親しくなったんだけど、こんど連れて行っていい?」
 と、きく。グラディスはマッチ・メーカーのつもりだったのかもしれないが、私はそういうのは苦手ときている。が、相変わらず暇はもてあましていたので了解し、数日後にグラディスがその男を連れてきた。男の名はスタティスといい、ギリシャからアメリカに渡って十年ばかりになるとか。国ではプロのレーサーだったらしく、その片手間にモデルもしていたそうだ。
 「けど、今ではしがないレストランのマネージャーさ」
 と、自分でも卑下しているのだが、やつれているというか、疲れているというか、過去の栄光もかなり疑わしく、のちに写真を見せてもらいようやく嘘の経歴ではないことを確認したほど。この男の転落は、高速道路を走っていた時、突如スピードの誘惑に襲われ、暴走してしまった事に端を発するらしい。パトカーが追うには追ったらしいが、なにせ相手はプロのレーサーときている。パトでは手に負えず、ヘリの機動でようやくお縄になったそうだ。これにより資格は没収。以来、モデルの方もジリ貧になったらしい。
 グラディスのマッチ・メーキングが成立しなかったことはいうまでもないのだが、私には来るものはこばまずといったところがあり、軽いつきあいはあった。この落ちぶれ男が、ある時、突然、
 「昨日さ、ビビッとくるものがあったんだ。オレ、ニューヨークにもどることにする」
 都落ちの逆バージョンということになるが、一から出直してレーサーに復帰するという。しかも、「今度はF1を狙う!」という気負いよう。
 私にとっては先送りのままになっているニューヨークである。それを聞いた時は私もビビッとくるものがあった。このころの私の状況は口座の残高が底をつく寸前。そればかりか、すこし前までは売却すればそれなりの金額が残るといった状態だった不動産が、ここに来て売却を急がねば借金を抱えてしまう状態へと急変し、窮地に追い込まれていた。ロスにいても先が見えてもいる。
 (落ちぶれ男に便乗するのはどうか?)
 とはおもったが、
 (今、腰を上げなければ、ニューヨークへの移動はないままに先の見えているロスで終わるかもしれない)
 とも思え、おもいきって便乗を決めた。
 スタティスは、「善は急げだ!」といい、すぐに発つことにもなっており、便乗を決めた私も家具類を引越屋にあずけたり、車を売ったりであわただしかった。あまりのあわただしさに、良友、チー・チェンがこの便乗に対してなんと言ったすらも覚えていないのだが、愛着のあった熱帯魚(誕生日にプレゼントしてもらい半年ほど飼った)とベンジャミン(旅行中に水をやれなかったために褐色の枝状態になってしまったものの甦生した)の里子を引き受けてくれたのは覚えている。  
 出立の日は、兵役を終えたフィリップの帰宅と重なり、これまたあわただしかった。私がかれらの自宅で「ウエルカム・ホーム・パーティ」の準備を済ませたところに、身には星条旗のシャツをまとい、手にはお帰りなさいの風船をもったグラディスが、軍服姿のフィリップとロングビーチの米軍基地から帰ってきた。フィリップに寄り添うグラディスの嬉しそうな顔はやすらぎにもみちていた。
 そのグラディスとの出逢いで始まり、別れで終わったロスの一年である。時は九一年の初夏だった。
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