From ニューヨーク  「熱く生きる」
渡米以来の奮闘記「熱く生きる」と徒然エッセイ
連載「熱く生きる」 一章 羅針盤のない船(その14:赤貧)
 日本では大阪市内の従姉の家に居候した。しかし、アメリカからもち帰った大判風呂敷をひろげたような話も、金策による多忙も、サラリーマン家庭の従姉にしてみれば尋常ではない。
 「洋ちゃん、なに考えてんの?! ちゃんとした仕事を探しいや!!」
 もっともな叱咤であり、一つきほどで追い出されてしまった。
 金を貸してくれる友人はありがたいことに何人もいたのだが、そのような頼りになる友人は所帯持ちの男ばかり。まさか居候はたのめない。かれらが用立ててくれた金にしてもカードの支払い(約三百万円)に充てねばならず、住居など借りる余裕もなかった。帰国してまもなくローンで購入した車で寝るしかなかった。
 そんな折も折、伸男さんの事務所で知り合った松下さんから、
 「よかったら、うちの事務所にけえへん?」
 と、誘われ、デスクを置かせてもらったばかりか、
 「よかったら、ここで寝てもええよ」
 車で寝るよりかなりましになった。
 松下さんは製薬会社勤務からの脱サラ。弁護士への医療関係アドバイスを主にあつかっておられ、このころ伸男さんが理事をしていた「大阪HIV薬害訴訟」にも関与されていた。だが、当時は独立したばかりで経営にゆとりがないため、時には探偵などもやっておられた。ご自身もそのように苦しい状況にあるというのに、私のためにアパートまで探してくださった。
 「激安やから、せまいし、きれいじゃないけど、ここで寝るよりましちゃう」
 激安のアパートは、JRの桜ノ宮の高架脇で電車が通るたびに揺れる窓無し同然の三畳間。家賃はたしか一万七千円ほどだったと思う。その後も交友のあった寛も一度見にきたことがあり、
 「ここまで落とせるとはな・・・・」
 肩を落としてそういう寛の方が、当事者の私より気の毒なぐらいだった。
 寛との関係はあくまでも友人であって、縒りをもどして楽になることは思わなかった。また、親に頼ることも考えなかった。一人娘の私は、両親のもとでも、前夫のもとでも何不自由なくぬくぬくと生きて来た。ゆえに自立心に欠けていた。離婚していらい、いやというほど味わった自立心のなさによる恐怖、それをここで断ち切らねば生涯ついて回ると思ったからである。どん底を味わうにはもってこいの、日のあたらない三畳間で、それを日々自分に言い聞かせた。

ところで、日本にもち帰った仕事のネタはというと、資金繰りに忙しく、たいした動きが取れなかったことにも加え、どれも簡単に商談に結びつくものではないため、頭が痛かった。 ニューヨークの仲間の期待を背負っているので、なんとかしたい気持ちはあるのだが、ダメなものをいつまでもやるわけにもゆかない。
 そのような中、松下さんが英語学校を開いてみてはどうかという。
 「先生やったらシモンもいてるし、すぐに金にもなるやん」
 シモンというのは、帰国後に知人の紹介で知り合ったデンマーク人で、英語も堪能。本職はモデルなのだが、依頼が安定しないらしく、私とおなじ貧乏人だった。
 「やりましょう!ほかの教師は私が集めるから」
 「じゃあ、やってみようか」
 生徒集めは、私がやり、友人や知人らに声をかけたところ、二十人近くがすぐに集まった。内の一人は伸男さんで、シモン先生の個人レッスンの受講者になってくれた。教室にあてる場所は、事務所からもちかい地下鉄扇町駅付近に時間貸しのスペースをみつけた。
 この英語学校の開校により、無収入からは脱することができた。しかし、二十人ほどの生徒数では利益はたいしたものではないし、そう簡単に生徒が増やせるものでもない。資金繰りの助けにはほど遠く、木枯らしが冷たさを増すごとに赤貧のつらさも増した。
連載「熱く生きる」 一章 羅針盤のない船(その13:ゼロからの再出発)
 それはまさしくゼロからの再出発だった。
 翌朝、短期滞在用の部屋を借りる手配をした。シェラトンはクレジットカードでチェックアウトし、当座の金もクレジットカードから引き出した。
 借り住まいに移ると、即刻、伸男さんに電話を入れた。伸男さんが預かっている不動産譲渡税用の約五十万円を至急送金してくれるように頼むためである。事情を知った伸男さんは開口一番、
 「そんなことになってしもて、危ないから帰って来い」
 「なに言うてんの、帰れるわけないやろ」
 なけなしの金を持ち逃げされ、泣く泣く帰国するなど情けないの域を超えている。
 また、変なところで生真面目な伸男さん、税金用の金の件については、
 「アホか、税金は絶対に払わなあかん」
 「キレイ事いうてる場合ちゃう。税務署は困れへんけど、私は困んねん!」
 「たのむ、たのむから送って」
 と、最後は泣き落とし、結果、送ってくれることになった。
 次にやらなくてはならないことは家探しだった。仮住まいはミッドタウンのコンドミニアムで家賃が高かったからである。日本人向けの地元紙の広告にてごろな物件をみつけたので、さっそく見にいった。家賃は仮住まいの約半分で、たしか七五〇ドルだったと記憶する。場所は東二十三丁目。十二階建ての最上階のその部屋はサンルーフ付きの洒落たロフトだった。住人の二人は一階と二階に別れてシェアをしているらしい。広告に載せたのは、日本に帰国することになり、シェアメイトのために引継ぎを探していたタケシさん。
 タケシさんには気がかりなことが一つあった。
 「シェアメイトはおかまなんですけど、それ大丈夫ですか?」
 「そんなのぜんぜん問題ありません」
 おかまでも、はかまでもなんでもよかった。タケシさんの帰国は一ヶ月ほど先で、入居はその後ということだったが、事情を説明すると、その間三人でよければということになり、そうさせてもらうことにした。
 シェアメイトのロンはコロラド出身のアメリカ人。ニューヨークではそこそこ名が知れているらしいヘアサロンで美容師をしていた。タケシさんが心配したオカマの件もなんら問題はなく、それどころか、中性型でもあれば、年もちょっと上の私を慕ってくれ、気心の知れた友人との共同生活のような感じで、住み心地がよかった。シェアメイトでは苦労するケースが多いらしく、貧乏神には酷い目にあわされたが、天使もさぼってはいないといったところだろう。
 住まいの心配がなくなったところで、稼ぐ事を考えねばならなかった。だが、私は勤め人の経験が皆無にひとしい。このきわどい状況下でも一般の勤めはまったく眼中になく、ビジネスのネタを追い求めた。
 さすがは「商いのメッカ」。ロンのアーティスト系の友人関係などを介して、おもしろいようにネタがみつかった。それもちんけなものではない。デザイナー(服飾)の卵を日本資本で売り出すという構想であるとか、高額絵画の斡旋であるとか。後者は、ジャパンマネーがゴッホの「ひまわり」を落札するなどしており、大穴を狙うにはおもしろいネタだった。
 ネタ探しをはじめてほぼ一つき。資金繰りで使ったクレジットカードの支払いが迫ってきたこともあり、それらの話もあるていどの形になったところで、日本禁へ向かうことにした。帰国の前日は関係者らを自宅に招待し、泥舟に乗っているにもかかわらず、大船に乗ったつもりで、と、みなをその気にさせた。
連載「熱く生きる」 一章 羅針盤のない船(その12:至愚の苦味)
 ニューヨークでは、テューヤンと下調べにきた際に宿泊した「シェラトン・マンハッタン」を住まいが見つかるまでの滞在先にした。当時でも一泊二百ドルほどのシェラトンになど泊まっている場合ではなく、安宿に泊まるべきなのだが、身についてしまっている経済感覚はそう簡単にかえられるものではない。
 ともあれ、私も完璧に落ちぶれスタティスの仲間入りをしたというわけである。そのスタティス、この間いったい何をしていたのか知らないが、出直しどころか、依然、無職。だけでなく、数日後に迫まっているクレジットカードの支払いができないらしく、むかしなじみの間を借金を工面するために走りまわっているとか。
 「どいつも、こいつも落ちぶれやがって」
 と、まるで自分の落ちぶれを知らないかのよう。
 決済日の前日にいたっても工面できなかったらしく、私のもとにやってきて、
 「貸してもらえないかな?絶対に返すから」
 と、懇願した。金額は七百ドル(約八万五千円)ほどだったとおもう。貸してあげてもいい金額なのだが、スタティスにはすでに五千ドル近くの貸しがあり、返済の見込みはおろか、返す意思すら感じられない。きっぱりと断り、金の話はそれで終わった。
 ―――しばらく間をおき、スタティスがピザを買ってきてほしいとたのんだ。
 ―――それは引き受けた。
 場所はシェラトンの私の部屋であり、出る時、日本から持ってきた現金のことがふっと頭をよぎった。だが、その場に立たされると、疑う心を恥じたりするものである。良心に賭けることにした。
 ピザを買って部屋にもどると、賭けに負けたことを知らされた。貴重品類を入れておいた鞄の中から現金の束、約百万円が消えていたのである。血の気が引いた。
 なけなしの金である。追跡することにした。と言っても、奴の住処さえ知らないのではあるが、まえに奴と一緒に行ったことのあるクイーンズ(マンハッタンの東を流れるイーストリバーの対岸側)のギリシャ人街が頭に浮かんだ。すぐさまレンタカーを借り、藁にもすがる思いで、その場所へとむかった。
 ニューヨークの土地勘がないばかりか、かすかな記憶しかなく、「え〜と、たしかこっちだったよな?」、「いや、あっちだったかな?」といった調子だったが、なんとかそのギリシャ人街にたどり着いた。幸運の風が吹いてくれることを祈りながら奴を探した。
 祈りが天に通じたのか、人ごみの中にスタティスに瓜二つの男を見つけた。
 (でかした!)
 興奮をおさえながら悟られないように追うと、その男は、大通りをまたぎ、前に奴と食事をしたことのあるレストランに入っていった。こうなると瓜は二つではなく、一つに近い。都合のいいことに二人連れの警官もいる。手短に事情を説明し、
 「プリーズ、ヘルプ ミー!」
 「オッケー、レッツ ゴー!」
 男がはいったレストランは側面全体がガラス張りになっており、中の様子が手にとるようにみえた。だが、外からでは男がスタティスであるか否かの確認まではきない。
 「我々が中と外に別れ、バックアップしますので、それが整い次第、あなたも中に入り、確認してください」
 「わかりました」
 二人の警官による挟み撃ち体制が整ったところで、店内の警官が首を縦にふり、私に合図をおくった。私も店内にはいり、男に近寄るため、一歩、そしてまた一歩と歩を進めた。ぜったいに奴に違いない、そう思いながら。
 ―――が、その男はスタティスと瓜二つのそっくりさんでしかなかった。
 こうなってしまえば、すでに貸していた四千ドルにしても盗まれたも同然ということになる。それは正確にいえば、貸したものではなかった。ロスを発つ直前に売った車の金なのだが、銀行口座を閉めたため、現金でもっていたところ、
 「道中で、強盗に合わないともいいきれない。オレが預かってやるよ」
 と、奴がいい、たしかにそういったこともありうるので、そうしてしまったのである。その金を使い込まれているのを知った時点で縁切りにすればよかった、とは後で言えること。返済するあてがあるというので、それができなかった。博打の負けが込んだ時のようなもので、取り返せそうになくても引けないというのに類似するだろう。
 レンタカーを返却したのち、とぼとぼと歩いてタイムズスクエアに行った。そこに奴に頼まれピザを買いにいった店がある。そのビザ屋を道のむこうに眺めながら、タイムズスクエアの中心(トライアングル状の一角)に棒のように立ちすくみ、至愚の苦味をひとしきり味わった。
 しかし、この横っ面をいきなり殴られたような打撃的な事件が、なかば植物人間と化していたような私を、深い眠りから覚ましてくれたともいえる。
連載「熱く生きる」 一章 羅針盤のない船(その11:いつかはまた晴れる日が
 ニューヨークへの移動はスタティスの愛車コルベットでの大陸横断。およそ六千キロの長旅である。スタティスは三日で走破してみせると意気ごみ、
 「オレの運転は、プロのそれなので安心しな」
 と、いったが、スピードの方もプロのそれなので、生きた心地はしなかった。
 アリゾナとニューメキシコを横断し、オクラホマで北上をはじめ、ミズーリ、インディアナ、オハイオ、ペンシルバニアを次々とぬけた。移動中は、緯度や経度によって景色が異なり、どの州もそれぞれの顔を持つといった感じで、あらためてこの国の国土の広さを知った。
 途中、車にちょっとした故障があったため予定より一日ずれたものの、四日後にはニューヨークに入った。新天地での落ち着き先を探さなくてはならなかったのだが、この間にも不動産の状況は悪化するばかり。急遽、日本へ飛んだ。

 帰国した翌日、伸男さんの事務所で売却を依頼していた不動産屋の担当者にあった。電話でも聞いていたことながら、
 「状況は悪くなるばかりなんですが、叩き値で売るわけにもゆきませんしね。正直なところ、ひじょうに売りにくいといったところです」
 とのこと。だが、下り坂一路の市場にあっては、ここでなんとしてでも売らねばならない。ほかの不動産屋にも依頼したところ、運良く、そこがすぐに買い手を見つけてくれた。心配された売値の方も叩き値にはならず、借金は回避できた。しかし、諸々を差し引くと手元には百万円ほどしかのこらなかった。
 家財道具一式を実家に送り出し、人手にわたる閑散とした部屋で、自業自得をおもった。
 そんな私の心境をさっしてか、陪審制度の視察で親しくなった高野ちゃんが、
 「鮎釣りにでも行くか?」
 兵庫県三田市の田園を流れる川に連れてゆき、
 「これぐらいのことでくよくよするな。たいしたことちゃう」
 「まだ若いんやから、いくらでも巻き返しはきく」
 「それにあたってはだ。中ぐらいの事なら誰にでもできる。アメリカにもどったら、上をねらえ。上だぞ、上!」
 と、うなだれた私に激を飛ばすのであった。
 川べりの土手に腰をおろし、高野ちゃんが釣りに興じている川の流れをみていると、そのころの流行歌で街でよく耳した『川の流れのように』の一節が浮かんだ。「ぬかるんだ道でも いつかはまた晴れる日がくるから ああ川の流れのように・・・・」。
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